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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8002号 判決 1970年9月01日

原告 清田義房

右訴訟代理人弁護士 富川信寿

鈴木正行

田中正司

被告 斎藤穎夫

<ほか二名>

被告ら訴訟代理人弁護士 佐藤吉将

主文

1  被告斎藤穎夫及び同藤栄産業株式会社は、原告に対して、別紙目録第一の建物から退去して同目録第二の土地の明渡をせよ。

2  被告斎藤夏子に対する原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用中、原告と被告斎藤穎夫及び同藤栄産業株式会社との間に生じた分は、同被告らの負担とし、原告と被告斎藤夏子との間に生じた分は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一、原告

1  被告らは、原告に対して、別紙目録第一の建物から退去して同目録第二の土地の明渡をせよ。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二、被告ら

1  原告の請求を棄却する

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

(原告の請求原因)

一、原告は、別紙目録第二の土地(以下本件土地という。)を所有しているが、その上に田村五郎の所有する同目録第一の建物(以下本件建物という。)が存する。

二、被告らは、いずれも本件建物に居住して、本件土地を占有している。

三、原告は、本件土地のうち添付図面中イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次結んだ範囲の部分八〇・三三平方メートル(二四坪三合)を田村に賃貸していたが、田村が賃料を支払わないため、賃貸借契約を解除した上、同人を相手方として東京地方裁判所に建物収去土地明渡の訴を提起した。右訴訟係属中昭和二七年五月一七日大略左記のような条項の調停が成立した。

(イ)  原告は、田村に対し、昭和二七年五月一日から残存期間たる昭和四一年一二月末日まで、普通建物所有の目的、一ヶ月賃料四、八六〇円毎月末日限り持参払の約束で、右部分を賃貸する。

(ロ)  田村は、右借地上にある本件建物のうち添付図面イ、ホ、へ、ト、チ、リ、イの各点を順次結んだ範囲の上にある部分を昭和二七年九月三〇日限り切断取りこわし、その敷地を原告に引渡す。

(ハ)  田村が賃料を三ヶ月分以上延滞したときは、原告は、催告を要しないで賃貸借契約を解除することができる。

四、田村は、昭和三〇年四月から同年六月分までの賃料を延滞した。そこで原告は、同年七月二日田村に到達した内容証明郵便をもって、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

五、よって原告は、被告らに対して、本件建物から退去して本件土地を明渡すべきことを求める。

(被告らの答弁)

一、請求原因の第一項を認める。

二、同第二項は、被告夏子占有の点を除き認める。同被告は、被告会社が本件建物において経営している喫茶店「まんがん」の支配人として、本件建物に居住しているのであって、独立の占有はない。

三、同第三・四項を認める。

(被告らの抗弁)

一、原告主張の本件賃貸借解除は効力がない。すなわち、

原告は、昭和三〇年四月末ごろ、田村に対して「生活の見通しができるまで、地代は支払わなくてもよい」といって、賃料の支払を猶予した(当時、田村の経営する会社が倒産状熊にあった)。その際さらに「本件建物が競売中であるが、被告穎夫が競落の準備をしていると聞いている。同被告には本件土地は貸さない。賃料延滞という理由で土地賃貸借を解除しておけば、同被告が本件建物を競落しても、地主に対抗できないから、ぜひそうしてくれ」ということであったので、田村は、契約解除のことを承諾して、同月分からの賃料の支払をしなかった。

右のように、田村は、原告から賃料の支払を猶予されていたから、解除原因たる賃料の延滞はないし、また、原告の解除の意思表示は、被告穎夫を本件建物から明渡さす目的のため、原告と田村が通謀してした虚偽表示である。

二、仮に、前項の主張が理由ないとしても、田村が昭和三〇年四月から昭和三八年八月分までの本件賃料(一ヶ月九〇〇〇円の割合)を東京法務局に供託したところ、原告は、昭和四四年七月一〇日ごろまでに右供託金全額の還付を受けた。

従って、原告は、本件賃貸借解除を撤回したものであり、原告と田村間の賃貸借契約は有効に存続している。

(抗弁に対する原告の答弁)

一、抗弁第一項は、田村の賃料不払の点を除き、否認する。

二、同第二項中前段は認めるが、後段を争う。

(証拠関係)≪省略≫

理由

本件土地が原告の所有であり、その上に田村五郎所有の本件建物が存することは、当事者間に争いがない。

しかし、本件の全証拠によっても、被告夏子が現在本件建物に対して独立の占有を有する事実は、認めることができない(≪証拠省略≫には、本件建物の一階は被告穎夫とその娘である被告夏子の共同占有である旨の記載があるけれども、その内容を調べると、共同占有と認定した根拠が薄弱であって、右記載は採用できない)。

従って、被告夏子に対する請求は、この点ですでに理由がない。

次に、被告穎夫及び同会社に対する請求について判断する。

1  同被告らは、本件建物に居住して本件土地を占有している。

2  原告は、本件土地のうち添付図面イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次結んだ範囲の部分を田村五郎に賃貸していたが、原告主張の事情で係争が生じた結果、昭和二七年五月一七日、原告と田村間に右土地賃貸借に関する調停が成立した。

3  その条項中には、賃料を三ヶ月分以上延滞したときは、催告を要しないで賃貸借を解除できる旨の特約があった。

4  ところが、田村が昭和三〇年四月から同年六月分までの賃料を支払わなかったので、原告は同年七月二日田村に対して本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした。

以上の経緯は、当事者間に争いがない。

そこで、右解除の効力について検討する。

被告らは、田村が当時原告から賃料の支払を猶予されており、また、原告の解除は、原告と田村間の通謀虚偽表示であると主張し、証人田村五郎及び被告穎夫本人はその趣旨の供述をし、≪証拠省略≫にも同旨の記載がある。

しかし、右の各証拠は、結局、田村自身の信用性にかかっているのであって、その田村証人の証言は、原告本人の供述と対照すると、直ちには真実であると認めがたいし、他に被告ら提出の証拠を補って見ても、なお被告らの右主張を認めるには足りない。

次に、被告らは、原告が供託金の還付を受けたことによって前記解除を撤回したと主張する。

田村が被告ら主張の賃料額を供託したところ、原告が昭和四四年七月一〇日ごろまでにその還付を受けたことは、原告も認めている。

しかし、賃貸人が、賃貸借契約を解除して、これに基づく明渡訴訟を継続している場合に、賃借人が賃料として供託した金銭の還付を受けたからといって、特別の事情がない限り、直ちに解除を撤回したり、新規に賃貸することを承諾したりしたものとは解しえない。

特に、本件においては、≪証拠省略≫によると、原告は、田村に対して、供託金を賃料相当の損害金の一部に充当する旨を通知していることが認められるから、原告が供託金の還付を受けた行為については、解除の撤回や新規賃貸と解する余地のないことが明白である。

以上のとおり、被告らの主張はいずれも理由がないから、前記解除は有効であり、これによって原告と田村間の土地賃貸借は終了したものといわざるをえない。

従って、田村の土地賃貸借権に依拠して本件建物に居住する被告穎夫及び同会社は、それぞれ本件土地所有者である原告に対し、本件建物から退去して本件土地を明渡すべき義務がある。

よって、原告の請求中、被告穎夫及び同会社に対する請求は正当として認容し、同夏子に対する請求を棄却することとし、民事訴訟法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言は不相当と認め、これを付さない。

(裁判官 橋本攻)

<以下省略>

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